―NO,4壬生義士伝―
- 作者: 浅田次郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2000/04/24
- メディア: 単行本
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今回は時代小説。
あんまり時代小説に興味がなかったMAKENKIですが、合宿で知り合った先輩に進められ、本を借りて読むことになりました。
AMAZONより内容紹介引用
旧幕府軍の敗退がほぼ決した鳥羽伏見の戦。大坂城からはすでに火の手が上がっていた。そんな夜更けに、満身創痍の侍、吉村貫一郎が北浜の南部藩蔵屋敷にたどり着いた。脱藩し、新選組隊士となった吉村に手を差し伸べるものはいない。旧友、大野次郎右衛門は冷酷に切腹を命じる―。壬生浪と呼ばれた新選組にあってただひとり「義」を貫いた吉村貫一郎の生涯。構想20年、著者初の時代小説。
新撰組といえば、近藤や土方、沖田に斉藤、らがぱっと思いつく人物。
そんな超有名人ではなく全く無名の吉村貫一郎なる人物の話。
お話的には、新撰組の生き残りの人に吉村貫一郎のことに尋ねてゆく形式と吉村が鳥羽伏見の戦いから南部藩の屯所に戻り、切腹を命じられてさてどうするという二つの形式とが交互に展開されてゆきます。
新撰組の生き残りの中にはあの有名な斉藤一も出てきます。
読んだ人なら必ず、吉村貫一郎に惚れます。
吉村と言う武士は、剣術は新撰組で一番強く、学問も達者でまさに文武両道そのもののような人。
そんな吉村だが、妻子を養うために脱藩し、金には汚い男で守銭奴と呼ばれていた。
だが吉村は武士道に反することは何一つしていない。
男たるもの妻子のために、死ぬこの精神に惚れました。
吉村は貧と賤のために戦った。
「石をば割って咲かんとする花を、なにゆえ仇となさるのか。北風に向かって咲かんとする花を、なにゆえ不実と申されるのか。それともおのれらは、貧と賤とを悪と呼ばわるか。富と貴とを、善なりと唱えなさるのか。ならばわしは、誇り高き貧と賤とのために戦い申す。断じて、一歩も退き申さぬ。」
(壬生義士伝上巻403ページより引用。)
惚れました。
この他にも、数々の名言がありますが、せひ読んで味わってください。
吉村貫一郎という男の生き様は、なんと不器用で、なんと正直で、なんと勇敢なことか。
こんな凄い人がなぜ有名ではないのか。
やはり、吉村のような生き方は義に反し、武士道に反していると思われていたのでしょうか。
この本、ぜひ読んで、男の生き方を教わりましょう。
最後に大杉栄の言葉を
生は永久の闘いである。自然との闘い、社会との闘い、他との闘い、
永久に解決のない闘いである。闘え。闘いは生の花である。
ではでは、ごきげんよう。
(タイトルの言葉 byJ.ドルメッソン)